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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)2274号 判決

原告 山本義雄

右訴訟代理人弁護士 森本輝男

同 山本寅之助

同 芝康司

同 藤井勲

同 山本彼一郎

同 泉薫

同 太田真美

被告 興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 赤城海助

右訴訟代理人弁護士 大脇保彦

同 鷲見弘

同 大脇雅子

同 飯田泰啓

同 伊藤保信

同 谷口優

同 原田方子

主文

一  被告は原告に対し、金六七二万円及びこれに対する昭和五九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六七二万円及びこれに対する昭和五九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五七年九月二六日午後二時ころ

(二) 場所 愛知県名古屋市千種区田代町瓶材一〇八番地先路上

(三) 加害車両 訴外内藤勇夫(以下「内藤」という。)運転の普通乗用自動車(尾張五五と三五―六八号)

(四) 被害車両 原告が同乗する普通乗用自動車(京五六ゆ一五二五号)

(五) 態様 前記場所において、停車中の被害車両に加害車両が追突した。

2  責任原因

内藤は、加害車両を保有し自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき本件事故によって原告が受けた人的損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

1 原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸腕症、腰椎捻挫の傷害を受け、さらに、外傷性網膜動脈阻血症の傷害を負い、そのため、昭和五八年九月二九日、右眼失明の後遺障害を残して症状固定した。

2 右後遺症に伴う損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益 金三七二八万四九六三円

右眼失明は自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級第八級一号に該当し、右後遺症によりその労働力の四五パーセントを喪失したところ、原告は、本件事故当時伏見運送株式会社に運転手として稼働し、昭和五六年度の年収は、約四四七万円であり、右事故に遭わなければ、少なくとも平均賃金程度の年収をあげることができたものと認められる。従って、原告は三五歳(失明当時)から六七歳まで稼働したとして、その間の逸失利益の現価を求めると次のようになる。

(計算式)

440万5800円(35歳から39歳の平均賃金)×0.45×18.806(32年の新ホフマン係数)=3728万4963円

(二) 慰藉料 六〇〇万円

原告は、右後遺症により、大型自動車の運転が不可能となったため、運送会社を解雇され、転職を余儀なくされたが、新しい職場でも平衡感覚がつかめないために苦労の連続であり、また私生活上も人がぼやけて二重に見え、頭痛に悩まされる等の多大な支障が生じている。原告の右苦痛に対する慰謝料としては、金六〇〇万円が相当である。

4  内藤は、本件事故前前記加害車両について、被告との間で自動車損害賠償責任保険契約(証明書番号七一七〇〇、七九八九五号)を締結していた。

5  よって、原告は被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、前記損害額のうち保障限度額である六七二万円の保険金の支払い及びこれに対する弁済期の後であり、訴状送達の日の翌日である昭和五九年一一月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は、いずれも認める。

2  同3の事実のうち、本件事故により原告が外傷性頸腕症、腰椎捻挫の傷害を受けた点は認めその余は否認し、損害額は争う。

3  同4の事実は認める。

三  被告の主張

原告の右眼に生じた症状と本件事故との間には因果関係がない。

1  すなわち、原告は、本件事故により眼部に対する衝撃は全く受けていない。従って、単純に考えて眼に傷害が生ずるいわれがない。

2  しかも、本件事故により眼動脈の閉塞が生ずるメカニズムが不明である。

(一) すなわち、右症状が生じる原因及びメカニズムとして考えられるのは、次のようなものである。

(1) 身体のどこかを骨折し動脈へ脂肪片、あるいは血腫が入った場合に、それが眼動脈へ移動し閉塞を起こすことが考えられる。しかし原告には、身体のどこにも骨折はなく従って右のメカニズムによって原告の症状は起こり得ない。

(2) 静脈へ脂肪片あるいは血腫が侵入し、それが眼動脈へ移動し閉塞を起こすことも考えられる。この場合には、大抵は肺で脂肪片あるいは血腫は止まるのであり、本件眼動脈の阻血が生じることは希有のことである。本件においては、このようなメカニズムが考えられるとしても、どこからどの静脈へ侵入したのか全く不明である。蘇生会病院では、原告の脳、首、腰の部分につき、何度もCT検査を実施しているが、脂肪片とか血腫の存在は確認されていない。

(3) 血管の収縮により、血流が悪くなり、血腫あるいは血栓が生じ、それが眼動脈へ移動し閉塞を起こすことである。血管が収縮する原因としては、精神的ショックや外傷等のショックがあるとされているが、原告は本件事故に遭いながらも、その日結婚式に出席したことから推し量っても、本件事故のショックはそう大きなものではなかったことが伺える。

(4) 体を圧迫されたときの血液の逆流により、血流が乱れ、その結果、血腫あるいは血栓が生じそれが眼動脈へ移動し閉塞を起こすことである。ところが原告は本件事故によって身体への強い圧迫を感じていない。

以上のことから右(3)、(4)のメカニズムにより右症状が生じたとも言えない。

(二) さらに、その他の原因として、パーチャー病、あるいはホルネル症候群があげられるが、原告の現在の状態が右症状により生じたものか断定はできず、従って、原告の眼動脈が閉塞するに至ったメカニズムは全く不明といわざるを得ない。

3  ところで、原告には、右眼に有髄線維症という奇形があり、その奇形は右眼のいわば全体に及び非常に珍しいものである。この奇形の存在及び前記のように本件症状に至るメカニズムが不明確であることを考慮すると、本件事故と原告の右眼の症状との間には、社会通念上相当因果関係は存しない。

4  仮に因果関係が認められるとしても原告の右眼の有髄線維症という奇形が原告の症状に大きく寄与しているのであり、全責任を本件事故に帰せしめるのは相当でない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  原告の右眼失明の原因となったのが、右眼の動脈に閉塞が起ったことによる、網膜動脈阻血症であることは血管撮影図が端的に示すところである。けだし、先天的に動脈の数が左右の眼で異なることは非常に少いからである。

2  被告は、CT検査で脂肪片とか血腫の存在が確認されていないことを理由に、それらを原因とする動脈の閉塞を否定するが、もともとCT検査は、頭部外傷後の頸部痛の原因を調べるためのものであって、目的が違うし、事故から数日を経過した後に血管中の血腫等がCTで発見できるのかも疑問であるから、被告の右主張は妥当でない。

3  被告は、本件事故によって原告が受けた物理的、精神的ショックは小さかった旨主張するが、原告は本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸腕症、腰椎捻挫の傷害を受けて入院せざるを得ない状態にあったのであるから、右主張は失当である。

4  被告は、原告の有する有髄線維症の影響を過大視するが、右奇形により阻血が起こりやすいということは医学的に証明されていないから妥当でない。仮に、奇形の存しない左眼に阻血症による視力障害が発生していないことを考え合わせて、右眼の有髄線維症により血管が閉塞されやすい状態にあったとしても、視神経有髄線維症だけでは視力は落ちないのであるから、その寄与度を過大に評価することは妥当でない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実(本件事故の発生とその責任原因)及び原告が本件事故により外傷性頸腕症、腰椎捻挫の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  原告の右眼の症状と本件事故との因果関係について

1  《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和四三年頃大型免許を取得して以来、本件事故当時まで大型トラック等の運転に従事してきたもので、本件事故前の昭和五六年六月二二日行われた視力検査では、右眼が〇・八、左眼が一・二(いずれも裸眼)と右免許基準内の視力を有していたこと、本件事故は原告が被害車両の助手席に乗車していた際加害車両が追突したものであるが、追突によって原告の前額部がフロントガラスに当たるほどの衝撃があり、被害車両のドアが開かなくなったこと、原告は、本件事故後その足で名古屋市内で行われた結婚式に出席して京都市の自宅に戻り、翌日は当時勤務していた伏見運送株式会社で平常どおり勤務についたが、腰のだるさや肩の痛み、更に全身の倦怠感を覚えたため、翌二八日、蘇生会病院で診察を受けたところ、外傷性頸腕症、腰椎捻挫の診断を受け、安静と経過観察のため翌二九日から同病院に入院したこと、その後、右傷害に対する治療がなされたが、その間、翌一〇月一日行われた視力検査では、右眼〇・〇六、左眼二・〇(いずれも裸眼)、更に翌一一月五日の視力検査では、右眼〇・〇二、左眼二・〇(右同)と右眼の視力が低下する検査結果が出ていたところ、同月八日に至って原告は物が二重に見える複視を訴えるようになったこと、そこで、右病院医師津田知宏は、眼底検査を行ない、その所見から右眼網動脈の閉鎖による阻血状態による視力低下を疑い、更に同月二二日には、脳動脈撮影を行なった結果、大脳動脈より枝分かれして、網膜へ通じている眼動脈が、左眼については、その先が三つに分かれているのに対し、右眼動脈については、その枝分かれが二本しかなく、左眼動脈に比べ一本少ないとの所見を得たこと、その後、原告は、蘇生会病院入院中、京都大学医学部附属病院眼科において、医師山川良治、同本田孔士(以下「本田医師」という。)の診察を受けたが、その際、原告の右眼の視神経乳頭に極めて著明な「有髄線維症」の先天異常があることが明らかになったこと、原告は、昭和五八年一月から蘇生会病院において小玉裕司医師(以下「小玉医師」という。)の診察、治療を受けたが、右眼の視力は〇・〇二(裸眼)程度のまま回復を示さなかったこと、他方、原告は、外傷性頸腕症、腰椎捻挫について軽快したことから、昭和五八年三月二七日に蘇生会病院を退院し、以後、京都府立医科大学病院眼科において右小玉医師の治療を受けたが、結局、右眼の視力は回復せず、昭和五八年九月二九日、原告の右眼の視力は、裸眼で五〇センチメートル指数弁、すなわち、五〇センチメートル離れた距離から指の数が識別できる程度のものであり、矯正は不能(後遺障害等級表第八級一号に該当する障害)ということで症状固定したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

2  ところで、原告が、右認定のとおり右眼に視力障害を残すに至った原因について、《証拠省略》を総合すると、小玉医師は、前記脳動脈の撮影結果等に照らすと、原告の右眼に「有髄線維症」の先天異常があるところに、本件事故による衝撃により網膜動脈が閉塞したことによる可能性が高いとの見解を示していることが認められ、本田医師もこれに副う証言をする。

これに対し、被告は、本件事故による衝撃により網膜動脈の閉塞が生じたメカニズムが全く不明であり、しかも、網膜動脈が閉塞したかどうかも前記脳動脈の撮影結果だけでは必ずしも明らかでないとして、右見解は疑問である旨主張するのであるが、証人小玉裕司の証言によれば、眼動脈は通常左右対象でありこれが異なる例は非常に少ないことが認められ、そうであるとすれば、前記脳動脈撮影の結果に基づく網膜動脈が閉塞したとの判断は不合理なものとは認められない。

また、本件事故による衝撃により網膜動脈の閉塞が生じたメカニズムが必ずしも明らかでないことは、小玉医師及び本田医師も証言するところであるが、小玉医師の証言によれば、その可能性のひとつとして、本件事故による精神的、肉体的ショックにより血管が収縮し、あるいは血液が逆流し、それが誘因となって血管中に血液の凝固が生じて閉塞したことが考えられるところ、被告は、本件事故による衝撃は軽微であったから右推論は不合理である旨いうけれども、前認定のとおり本件事故の衝撃は必ずしも軽微とはいえないことに加え、本田医師の証言によれば、有髄線維症があることによって同部分の血管は圧迫を受けやすい状態にあることが認められることなどに照らすと、右推論は本件の事実関係に則して成り立ちうるものと解することができる。

3  そこで、右のとおり、本件事故が原因となって原告の右眼に視力障害が生じたことについては、医学的にみて、そのメカニズムが必ずしも明確になっているわけではないものの、その可能性はあるものと認められること、前認定の事実関係に照らすと、原告の視力障害は遅くとも本件事故の六日後には発症したものと解され、しかも本件事故以外に視力障害の原因となりうるものが考えられないこと、証人小玉裕司の証言によれば、交通事故により眼部以外を打撲して阻血症が生じ視力が低下した症例はこれまでにも数多く報告されていると認められることなどの事情を総合考慮すると、本件事故が原因となって原告の右眼に視力障害が生じたことについては高度の蓋然性があるというべきである。

4  もっとも、前認定のとおり、視力障害を起こした原告の右眼には極めて著明な「有髄線維症」の先天異常が存したものであるところ、前記のとおり、小玉医師及び本田医師は、原告の視力障害について右先天異常が影響している旨の見解を示しているうえ、原告本人尋問の結果によれば、原告の左眼は本件事故によっても何ら異常をきたさなかったと認められることに照らすと、右「有髄線維症」が視力障害に影響した可能性は高いものと解せられるところ、右諸事情を考慮すると、その視力障害発症に対する寄与度は少なくとも四割は下らないと解するのが相当である。

三  損害について

1  後遺症による逸失利益

(一)  《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和五八年九月頃、伏見運送株式会社に復職し、小型トラックでの運送業務に従事するようになったが、右眼視力が〇・〇一程度しかなかったため運転に支障をきたして右業務を遂行することができず、結局、同年一二月二〇日に退職を余儀なくされたこと、その後失業保険金の給付を受け、生計を維持していたが、昭和五九年六月一日より大栄石販株式会社にスタンドマンとして勤務するようになり現在にいたっていること、原告は本件事故の前年、伏見運送株式会社より年額四四七万二九一二円の収入を得ていたこと、一方、大栄石販株式会社からは、昭和六〇年分として、年額二九四万七九六九円の給与収入を得たこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右事実によれば、原告は、本件事故がなければ少なくとも平均賃金程度の収入を得ることができたというべきであるところ、前認定のとおり本件事故により右眼の視力障害が生じたために、その症状固定日である昭和五八年九月二九日(三五歳)以降就労可能な六七歳まで、当初の一〇年間は四五パーセントの、以後は二〇パーセントの労働能力を喪失したと解せられるから、その逸失利益の現価を求めると左記計算式のとおり二五三二万二〇〇四円となる。

(計算式)

440万5800円(昭和58年度賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・男子学歴計35歳ないし39歳平均給与年額)×0.45×7.9449=1575万1638円(1円未満切捨)…(1)

440万5800円(同上)×0.20×(18.8060-7.9449)=957万0366円(1円未満切捨)…(2)

(1)+(2)=2532万2004円

2  慰謝料

原告の本件後遺症の内容、程度、生活関係その他一切の事情を考慮すれば原告が本件事故による前記後遺症に伴う慰謝料として請求しうべき金額は四〇〇万円をもって相当と認める。

3  ところで、右1、2の損害合計額二九三二万二〇〇四円のうち本件事故と因果関係ある損害は、前三項4の理由によって、その六〇パーセントと解せられるから、右損害について賠償すべき額は一七五九万三二〇二円となる。

四  ところで、訴外内藤が加害車両について被告との間で自動車損害賠償責任保険(証明書番号七一七〇〇、七九八九五号)を締結していたことは当事者間に争いがないから、被告は原告に対し、右契約に基づく保障限度内(原告の本件後遺障害が後遺障害等級表第八級一号に該当する程度のものであることは前認定のとおりである。)で保険金を支払う義務がある。

五  以上の次第で、被告は原告に対し右第八級相当の保険金六七二万円(自動車損害賠償保障法第一三条一項、同法施行令第二条)およびこれに対する弁済期後であり訴状送達の日の翌日である昭和五九年一一月三〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河合健司)

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